東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)230号 判決 1970年7月22日
東京都中野区本町六丁目二二番一一号
原告
新倉まつ
右訴訟代理人弁護士
小町愈一
高橋一成
長倉澄
東京都立川市高松町二丁目二六番一二号
被告
立川税務署長
五十嵐文男
右指定代理人
野崎悦宏
太田正孝
掛札清一郎
鈴木茂
池田種次
東根宏一
右当事者間の昭和四四年(行ウ)第二三〇号課税処分無効確認請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の申立て
(原告)
「原告が、被相続人亡荒井正八郎が昭和三九年一月二七日死亡したことによる相続税の納税義務を負担しないことを確認する。被告が原告に対し、前項記載の相続税の滞納処分として昭和四三年二月二〇日付をもつてした別紙物件目録記載の不動産の三分の一の共有持分権に対する差押処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
(被告)
主文と同旨の判決
第二原告の請求原因
被告は原告に対し、昭和四一年八月一六日、亡荒井正八郎が昭和三九年一月二七日死亡したことにより、別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を相続したとして、相続税額六一、二一六、一七〇円、無申告加算税額六、一二一、六〇〇円と決定し、次いで昭和四二年六月三〇日、右決定を相続税額四九、七六七、四〇〇円、無申告加算税額零と更正した。そして被告は、昭和四三年二月二〇日、前記更正処分に基づいて別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を差し押えた。
しかしながら、前記更正および差押処分は、次の理由により違法であるから、更正処分は無効であり、差押処分は取り消されるべきである。すなわち、
原告の亡母新倉いさは、昭和一九年二月一一日死亡したが、亡荒井正八郎の亡父母と大正八年三月六日養子縁組をし、その養女となつていたものであるから、原告は、右正八郎の死亡により、同人が死亡当時所有していた別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を同人の妻荒井キミとともに代襲相続したものである。しかるに、右キミは、単独で右不動産を相続したとして、昭和三九年七月二七日相続税の確定申告をし、原告の相続を否認しているので、原告は、昭和四二年三月二七日、東京家庭裁判所八王寺支部に遺産分割の調停を申し立てたが、これが不成立に終つたので、昭和四四年一月二四日、東京地方裁判所八王子支部に前記相続により別紙目録記載の不動産の三分の一の持分権を有する旨の確認等の訴えを提起し、該訴訟は現に係属中である。したがつて、原告が相続により別紙目録記載の不動産の三分の一の持分権を取得するか否かは、右訴訟の判決が確定するまでは未確定であり、すくなくともこれを未だ現実に取得していないのである。ところで、相続税法は、その一条において、相続により財産を取得した者は相続税を納める義務がある旨規定しているが、右にいう「財産を取得した」とは、観念的に「被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する」というものではなく、相続権の侵害のない状態において当該相続財産の占有をも取得するという現実の取得を意味するものである。かくして、はじめて相続税の担税力が得られるものであり、同法三二条の規定も右の結論を前提とするものである。されば、原告は、末だその相続分に応じた別紙目録記載の不動産の三分の一の持分権をその侵害のない状態において現実に取得していないものであるから、相続税の納付義務を負担しないものである。しかるに、この点を誤り原告に相続税の納付義務があるとしてした前記更正処分は無効であり、これが有効であることを前提とする前記差押処分も違法であつて取消しを免れない。
第三被告の答弁および主張
請求の原因事実のうち、更正処分が無効であり、差押処分が違法であるとの主張は争うが、その余の事実は認める。
相続税の納付義務は、被相続人の死亡と同時に発生するものである。すなわち、相続税にいう相続は、同法に特有のものではなく、民法に定めるところと同一である。したがつて、相続人は、被相続人の死亡により被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継するものである。ところで、相続税法は、その五五条において、右にいう相続があつて末だ遺産の分割がなされないときは、民法に定める法定相続分に応じて相続財産を取得したものとして課税価格を計算することとし、その後において遺産分割がなされ相続人がこれにより現実に取得した財産に係る課税価格が右と異なることとなつた場合には、現実に取得した財産を基礎とする課税価格および税額に応じて、申告書を提出しもしくは更正の請求をなし又は税務署長において更正又は決定をすることができる旨規定している。そうであるから、相続人は、現実に相続財産を取得す相続関始の時から相続税の納付義務を負担するものである。したがつて、原告の主張は、失当である。
理由
被告が原告に対し、昭和四一年八月一六日、亡荒井正八郎が昭和三九年一月二七日死亡したことにより、別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を相続したとして、相続税額六一、二一六、一七〇円、無申告加算税額六、一二一、六〇〇と決定し、次いで昭和四二年六月三〇日、右決定を相続税額四九、七六七、四〇〇円、無申告加算税額零と更正し、これに基づいて、昭和四三年二月二〇日、別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を差し押えたことは、当事者間に争いがない。
原告は、亡荒井正八郎の死亡により、原告が別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を相続したことについては、共同相続人である荒井キミとの間において紛争があり、いまだこれが解決しておらず、したがつて原告は、いまだ右不動産の三分の一の持分を現実に取得していないものであるから、原告の相続税納付義務は発生していない、と主張するので、この点について判断する。
原告の亡母新倉いさは、昭和一九年二月一一日死亡したが、亡荒井正八郎の亡父母と大正八年三月六日養子縁組をし、その養女となつていたものであるから、原告は、右正八郎の死亡により、同人が当時所有していた別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分を同人の妻荒井キミとともに代襲相続したこと、しかるに、右キミは、単独で右不動産を相続したとして、昭和三九年七月二七日相続税の確定申告をしたこと、原告が昭和四二年三月二七日、荒井キミを相手方として東京家庭裁判所八王子支部に遺産分割の調停を申し立てたが、これが不成立に終り、さらに原告が昭和四四年一月二四日、右キミを被告として東京地方裁判所八王子支部に前記相続により別紙物件目録記載の不動産の三分の一の持分権を有する旨の確認等の訴えを提起し、該訴訟が現に係属中であることは、当事者間に争いのないところであるが、相続税法は、その二七条、三一条、三二条、三五条、五五条等の各規定を検討すると、財続等により取得した財産を基礎として相続税を課すべきものとしているが、当該相続税の申告期限までに遺産分割が行なわれない場合には、相続人が現実に相続により取得した財産が確定しない場合においても、便宜、当該相続人の法定相続分に応じて遺産を相続したものとして、課税価格および相続税額を算出して相続税を課し、後日遺産分割が行なわれて相続人の取得する財産が確定したときは、その際にこれを基礎として相続税額を改質し、それに基づいて更正の請求または修正申告をなし、あるいは更正がなされることを建前としているものと解するを相当とし、このことは、長期間にわたつて遺産分割を行なわないことにより、いまだ現実に相続により取得した財産が確定していないことを理由に、相続税の納付義務を免れるというがごとき不都合を防止するための措置であるばかりでなく、国家の財源を迅速、確実に確保するという国家的要請に基づくものでもあることから、遺産の分割が行なわれないことが当該相続人の意思によるものであるか否かにかかわらず、一律に実施すべきことを相続税法が規定しているものというべきであるから、原告が相続権あるものと主張し、これが共同相続人である荒井キミとの間において紛争となつており、それがためにいまだ遺産分割が行なわれず、原告が現実に取得した財産が確定できないものであつても、被告において、原告に相続権があるものと認め、その法定相続分に応じて課税価格および相続税額を算出して相続税を決定し、これに基づいて差押処分をなすことは、原告主張のごとき瑕疵があるものということはできない。
されば、原告に相続税の納税義務の存在しないことの確認とこれに基づく差押処分の取消しを求める原告の請求は、その理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 渡辺昭 裁判官 竹田穰)
(別紙)
物件目録
一、小平市小川町一丁目七六四番一
一、畑 (四畝) 三九六・六九平方メートル
二、小平市小川町一丁目八六八番
一、山林 (五畝三歩) 五〇五・七八平方メートル
三、小平市小川町一丁目一〇七五番
一、宅地 (二三六坪) 七八〇・一六平方メートル
四、小平市小川町一丁目一〇七六番
一、畑 (一反二五歩) 一、〇七四・三八平方メートル
五、小平市小川町一丁目一〇七八番一
一、畑 (二反五畝八歩) 二、五〇五・七八平方メートル
六、小平市小川町一丁目二〇七二番
一、宅地 (二七五坪) 九〇九・〇九平方メートル
七、小平市小川町一丁目二〇七三番一
一、宅地 (七〇坪) 二三一・四〇平方メートル
八、小平市小川町一丁目二〇七三番二
一、宅地 (二七〇坪) 八九二・五六平方メートル
九、小平市小川町一丁目二〇七三番三
一、宅地 (一三坪) 四二・九七平方メートル
一〇、小平市小川町一丁目二〇九三番一
一、宅地 (一四〇坪) 四六二・八〇平方メートル
一一、小平市小川町一丁目二〇九三番二
一、山林 (五畝五歩) 五一二・三九平方メートル
一二、小平市小川町一丁目二〇九四番一
一、宅地 (一六七坪) 五二二・〇六平方メートル
一三、小平市小川町一丁目二〇九四番二
一、宅地 (一〇四坪) 三〇三・八〇平方メートル
一四、小平市小川町一丁目二〇九五番一
一、宅地 (一三九坪) 四五九・五〇平方メートル
一五、小平市小川町一丁目二〇九六番
一、山林 (一反一畝五歩) 一、一〇七・四三平方メートル
一六、小平市小川町一丁目二一一八番一
一、山林 (一反一四歩) 一、〇三八・〇一平方メートル
一七、小平市小川町一丁目二一一八番三
一、畑 (一二歩) 三九・六六平方メートル
一八、小平市小川町一丁目二四六一番
一、山林 (一反四畝一四歩) 一、四三四・七一平方メートル
一九、小平市小川町一丁目二四九三番
一、山林 (九畝二八歩) 九八五・一二平方メートル
二〇、小平市小川町一丁目二四九四番
一、山林 (一反一畝七歩) 一、一一四・〇四平方メートル
二一、小平市小川町一丁目二四九五番一
一、畑 (五畝) 四九五・八六平方メートル
二二、小平市小川町一丁目二四九六番一
一、畑 (五畝) 四九五・八六平方メートル
二三、小平市小川東町二〇七四番一
一、畑 (二反九畝二一歩) 二、九四五・四五平方メートル
二四、小平市小川東町二〇七四番三
一、畑 (九歩) 二九・七五平方メートル
二五、小平市小川東町二〇七五番一
一、畑 (三畝一五歩) 三四七・一〇平方メートル
二六、小平市小川東町二〇七五番二
一、宅地 (七二五坪九合) 二、三九九・六六平方メートル
二七、小平市小川東町二〇八九番一
一、畑 (一反四畝九歩) 一、四一八・一八平方メートル
二八、小平市小川東町二〇九〇番一
一、畑 (一反八畝一六歩) 一、八三八・〇一平方メートル
二九、小平市小川東町二〇九〇番二
一、宅地 (八二〇坪八合六勺) 二、七一三・五八平方メートル
三〇、小平市小川東町二〇九二番
一、畑 (七畝二九歩) 七九〇・〇八平方メートル
三一、小平市小川東町二〇九七番
一、畑 (二反七畝一二歩) 二、七一七・三五平方メートル
三二、小平市小川東町二〇九八番二
一、宅地 (七六〇坪七合六勺) 二、五一四・九〇平方メートル
三三、小平市小川東町二〇九八番五
一、畑 (二畝一歩) 二〇一・六五平方メートル
三四、小平市小川東町二一一二番一
一、畑 (二畝二歩) 二〇四・九五平方メートル
三五、小平市小川東町二一一三番一
一、畑 (一反二七歩) 一、〇八〇・九九平方メートル
三六、小平市小川東町二一一三番四
一、宅地 (五六坪) 一八五・一二平方メートル
三七、小平市小川東町二一一三番五
一、畑( (一畝二二歩) 一七一・九〇平方メートル
三八、小平市小川東町二一一三番六
一、宅地 (六五坪) 二一四・八七平方メートル
三九、小平市小川東町二一一三番七
一、宅地 (七〇坪) 二三一、四〇平方メートル
四〇、小平市小川東町二一一七番一
一、畑 (一反四畝) 一、三八八・四二平方メートル
四一、小平市小川東町二一四五番一
一、畑 (一反二畝二九歩) 一、二八五・九五平方メートル
四二、小平市小川東町二一五七番一
一、畑 (四畝五歩) 四一三・二二平方メートル
四三、小平市小川西町二一六九番一
一、宅地 (三四七坪) 一、一四七・一〇平方メートル
四四、小平市小川西町二一七〇番一
一、宅地 (八八九坪) 二、九三八・八四平方メートル
四五、小平市小川西町二一七一番一
一、宅地 (一三三九坪) 四、四二六・四四平方メートル
四六、小平市小川西町二一七二番一
一、宅地 (八六四坪) 二、八五六・一九平方メートル
四七、小平市小川西町二一七二番五
一、宅地 (三七四坪) 一、二三六・三六平方メートル
四八、小平市小川西町二一八六番三
一、畑 (九畝一五歩) 九四二・一四平方メートル
四九、小平市小川西町二一八七番一
一、畑 (一反七畝一五歩) 一、七三五・五三平方メートル
五〇、小平市小川西町二一八八番一
一、宅地 (三八三坪九合) 一、二六九・〇九平方メートル
五一、小平市小川西町二一八九番一
一、宅地 (七〇八坪) 二、三四〇・四九平方メートル
五二、小平市小川西町二一八九番三
一、宅地 (四二五坪) 一、四〇四・九五平方メートル
五三、小平市小川西町二一九〇番一
一、宅地 (一四一二坪) 四、六六七・七六平方メートル
五四、小平市小川西町二二一三番一
一、宅地 (一四四坪) 四七六・〇三平方メートル
五五、小平市小川西町二二一三番四
一、宅地 (三四三坪) 一、一三三・八八平方メートル
五六、小平市仲町一四六番
一、山林 (二畝二〇歩) 二六四・四六平方メートル
五七、小平市仲町五一八番
一、畑 (一反六畝二七歩) 一、六七六・〇三平方メートル
五八、小平市学園東町五一七番
一、畑 (一反九畝一歩) 一、八八九・六〇平方メートル